岡本行夫公式サイト

2017年4月13日

キッシンジャー氏が語る『次なる世界』について②-シリア、北朝鮮問題

(2017年4月13日BSフジ「プライムニュース」より)

●「(シリアへの武力行使は)『攻撃』ではなく合意を破った『懲罰』」

 「明らかに民間人への化学兵器使用が確認されすべての化学兵器をシリア国外に出すというアメリカとシリアの合意は破られた」とのキッシンジャー発言について。

 キッシンジャーさんはやはり頭がシャープです。しかし、本音と建て前は別れざるをえない。本音では、「オバマ大統領は、世界に宣明したとおり化学兵器を除去すべきだった。それを行わなかったから今トランプ大統領が行っているんだ」ということだと思います。キッシンジャーさんはアメリカの歴代の政権を批判したことがありません。オバマ大統領のことも擁護しなければならないからこういう言い方になってしまったんでしょう。

 アメリカは手続き的には性急だったかもしれない。習近平が訪米中の夕食の時にシリア空爆を行い「やりました」と伝える。食事をしながら習近平が抗議なんかできる訳がありませんから、習近平は「子供を殺すことは良くないですね、アメリカがやったことは理解できます」くらいのコメントしかできません。絶妙なタイミングで空爆をしたわけですが、その分だけ、国際社会に対して「シリアが約束を破ってきたんだ」ということを十分浸透させる時間が足りなかったと思います。

 化学兵器はひどいものです。史上最も被害を出した毒ガス攻撃は、1988年にイラクのサダム・フセイン大統領がイラクのハラブジャでクルド人に対して行いました。毒ガス攻撃で5000人死亡、7000人が負傷しました。犠牲者のほとんどは女性と子供です。男たちは山中でゲリラ活動をしていましたから、村に残っていた婦女子を狙ったんです。僕は15年経ってからハラブジャに花束を捧げに行きました。悲惨です。今でもその後遺症が残っている人たちがたくさんいました。我々日本人にとっては、毒ガスは観念の世界でしかないですが、実際にそういう場に遭遇してきた軍人やそれを通じて知っている欧米の指導者たちは、毒ガスや核を含めて大量破壊兵器に対する嫌悪感は非常に強いものがあります。アメリカは、シリアが子供たちに毒ガス攻撃を行ったとして非常にアプセットしました。

 アメリカの説明によれば、シリアの飛行機が空軍基地から飛び立ち反体制派の街に毒ガス弾を落下させ基地に帰ってきたと。そこにはロシアもいますから、ロシアも知ってるいたことは間違いないと思います。ロシアは「我々が責任をもってシリアから毒ガス兵器を一掃させるから、アメリカは攻撃するな」と言っていたわけです。ところが、シリア軍機がロシア軍が使っているのと同じ基地から飛び立って毒ガス攻撃を行っている。それに対してアメリカは、「surgical strike」-「surgical」は「外科手術的な」という意味-患部を切除する攻撃を行った。軍人などを含め10人の犠牲者がシリア側に出ましたが、約束違反のまま所持していた毒ガス兵器は一応除去できたことになっている。一方、ロシアは、「暴虐行為だ」「国際法違反だ」と火のついたような批判をするわけです。自分たちは一体何をやっているのかというと、アサド政権の肩をもち、ロシアの新兵器の実験場とまで言われているシリアで、爆弾を落としてシリアの街々を破壊し尽くしているわけです。そういうところのバランスを我々は考えないといけないと思います。だからキッシンジャーさんは「懲罰的」と言ったんでしょう。

●「シリアへの武力行使と北朝鮮へのメッセージは別と考えるべき」「明らかに北朝鮮はこの状況を分析しているはず。トランプ大統領にとっての『我慢の限界』が分かったと思う」とのキッシンジャー発言について。

 「シリアと北朝鮮とは別だ」というのは、その通りでしょう。トランプ大統領は、アサドへのメッセージと共にロシアへのメッセージを考えたでしょう。北朝鮮はその時には頭にはなくて、ただ副次的な効果としてキッシンジャー氏が言ったようなことが出てきたんだと思います。金正恩委員長は分かっているでしょう。「今度の大統領は何をするか分からん奴だ。自分の住んでいる所も今回のようにピンポイントで攻撃してくることがあるんだ」と。要するに、核兵器を使わなくても自分は破壊されるということがわかる訳です。これは非常に副次的な効果として上手いやり方だったと思います。

 1986年、テロを起こしたということで、アメリカはリビアのカダフィ大佐を米軍は爆撃しました。ただ情報を爆撃の前にどこかの国経由で流しているんです。そして、カダフィはそれを聞いて真っ青になって逃げだして、後からアメリカがガタフィの住宅を爆破した。その後、カダフィはいつでもアメリカにやられてしまう立場なんだということで、すっかり大人しくなって牙を抜かれた狼になっちゃいました。それがアメリカの中に成功体験としてあるのかもしれません。ただ、カダフィ大佐にやったときよりも、今度はさらに精巧だと思います。バンカーの中を打ち抜き、そして向こう側にあった化学兵器を爆撃しているわけですから。そして金正恩委員長に、「もういい加減にせえよ」というメッセージは伝わっていると思います。

 キッシンジャーさんがリビア爆撃のときを考えて北朝鮮のことを言ったのかはわかりませんが、「核兵器を作る能力を挫くことがいまアメリカにとって一番大事なことであり、それだけとれればいいんだ」ということは、キッシンジャーさんの頭の中にあったと思います

 北朝鮮に対してアメリカが正面からの武力攻撃を行うというのは、これは威嚇の言葉としては言うけど、報復がありますから実際にはやらないと思います。アメリカは1990年代初期、父ブッシュ政権のとき、国防長官はチェイニーで、サージカル・ストライク、北朝鮮にミサイルを撃ち込むシミュレーションを行ったことがあります。実際にやれば、北朝鮮の報復能力というのは非常に強いから、アメリカの軍人だけでなく韓国の市民まで含めると何万人という犠牲者が出るという結果がでて、その案は放棄しました。その当時から比べれば北朝鮮の報復能力はさらに上がっていますから、今アメリカが正面から北朝鮮を攻撃することはないと思います。そうすると、威嚇するか別の軍事手段。例えば、サイバー攻撃はありうると思います。イランの核開発をアメリカはサイバー攻撃によって止めました。北朝鮮のコンピューターシステムに侵入するなんてアメリカは訳ないわけでしょう。そういうことも軍事的手段として含めて、正面攻撃以外の手段を集めて北朝鮮に攻勢をかけていく。ただ、主正面というか一番の正道は、中国を北朝鮮に対してもっときつく当たらして制裁をかけるということです。


●「アメリカに届くミサイル開発を終え、導入・展開するまで待つことはできない」「同盟国への脅威はアメリカ本土への攻撃と同等に深刻で北朝鮮はその一線を越えてはならない」「北朝鮮への武力行使は他の国から支持されなければならない」とのキッシンジャー発言について。

 キッシンジャーさんの本音と建て前の乖離が、また出ていました。北朝鮮問題のレッドラインはどこですか、と聞いた時に、アメリカまで届くミサイルを開発したときです、というのが彼の最初の答えです。だからそれが本音です。その後、「同盟国がやられてもいいのか」と言われてはいかんと、「同盟国に届くミサイルもダメ」と付け加えた。だから、レッドラインがよくわからなくなってしまったように思います。本当に同盟国のことを考えるのならば、北朝鮮は1994年にノドンミサイルの発射実験を成功させているわけで、それから今は300基ぐらいノドンミサイルを保有している。これは日本のほぼ全域をカバーできるミサイルです。そのときに日本は、「これは深刻なことだ」とアメリカに対して何度も言いましたが、正直言って、クリントン政権は正面から日本の安全保障上の懸念を日本と同じくらいは感じてくれていませんでした。今そういうこと言うなら、どうしてあの時にやってくれなかったのかと思います。当時の方が北朝鮮の核開発、ミサイル開発というのは止めやすかったわけです。そして今になってテポドン2の改良型がアメリカ本土に届くかもしれないからといって、アメリカは慌て始めてるわけでしょう。「遅きに失した」とは思いますが、それでもいいと思います。

 「decouple」という言葉があります。「de」とうのは「分ける」、つまり「couple」=「二人」を切断するというのを「Decoupling」と言うんですが、これはミサイルについては常に出てくる懸念です。ロシアがNATO欧州諸国とアメリカの間を「Decoupling」しようとした1980年代のSS20のときの話から始まっています。

 北朝鮮が、日本とアメリカを「Decouple」させてやろうとして、日本には届くけどアメリカに届かないミサイル、これはもたしてくれよと北朝鮮が言ったときに、ディール好きのビジネスマンのトランプ大統領が「よしわかった」と、「その代わり、お前たちもうこれ以上作るなよ」と言って、手を握られたらまさにこれは「Decoupling」になってしまいます。