冷戦が崩壊してから、世界の構造は基本的に変わったが、その変化の中で日本の企業が最も影響を受けているのは、BRICs登場に象徴される市場主義経済の規模の飛躍的な拡大だ。冷戦構造が崩壊するまで我々が相手としていた経済は、基本的に西側先進国経済だった。端的に言えば、OECDに加盟する国々の10億人に満たない人々が住む地域だ。社会主義国の経済は閉鎖されたままだったし、途上国は経済援助の対象で、彼らが同じ土俵で先進国経済と競争することは正直言って想定されていなかった。
ところが冷戦の崩壊によって、そうした国々が一挙に市場経済の世界に参加してきた。まずソ連の2億6千万人、旧東欧の1億3千万人、ベトナムの8千万人、そして何よりも1992年から改革開放経済に転じた中国の13億人。
そればかりではない。これまで閉鎖的で外と関わりの少なかったインドやインドネシアの経済の十数億人も新たに入ってきた。要するに市場経済の規模は4倍近くにふくれあがったのだ。
もちろんこうした地域の人々がすべてグローバルな「消費経済」に参加するわけではない。中国やインドの大部分の人々にたいした購買力はない。しかし「生産経済」に関しては、これら約30億人の新たな参加者が先進工業国との競争に加わり、製造業は激しい競争となった。
日本のものづくりの行方は容易ではない。「上流」ではアメリカにやられている。例えばチップで言えば、CPUのようにコンセプトの部分からおろしてくる製品は不得意だ。ASICのような顧客の要望に応えて個別に作るものでは強いが、グローバルに通用するプラットフォームはなかなか作れない。同質民族の日本人の間では、共通の価値観と言語と思考方法があるから、社会全員に通じる共通のプラットフォームを作る必要がなかったため、作ることに得意でもない。
一方、「下流」の製品も容易でない。単に手先の器用さと労働集約で勝負をするところは日本は中国に勝てない。日本の二十分の一の賃金の、しかも優秀な労働力を相手に、日本が量産品製造で勝つことは難しくなった。比較的単純なアセンブリー型製品もそうだ。中国はあっという間に、パソコンや多くの白物家電で世界一の生産国になった。
日本はどの部分に将来をかけるのか。もちろん、次から次へと小発明を重ねて新製品を発売し続ける涙ぐましい努力は続いている。ここは是非とも頑張ってもらいたい。
しかし、本来的に強いのは、製造プロセスの一段階一段階に技術とノウハウが結集している部分だ。システムとしては自動車製造が典型だが、その他の産業でも工程の一つひとつに日本のその企業での独自技術は多い。多くは大企業のグループとしての集合的ノウハウであり、中小企業の「匠」の技である。
これらの技能を検証し、そうした独自技術を有する企業をつなげていく。製造の「中流」の部分を押さえている限り、世界に冠たるものづくり国家の地位はゆるがないはずだ。日本のものづくり、視点をあらたに頑張れ。
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