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読売新聞「論点」
南京事件70年 反日に反論 政府の責務

なんとも憂鬱である。サンダンス映画祭で賞をとったドキュメンタリー映画「南京」が一般公開される。当時の記録フィルムと、中国の生存者、旧日本軍兵士へのインタビュー、欧米人の記録などで構成されている。30名の調査員を関係国に派遣して調べた結果という。

日本軍の殺戮・強姦の話がこれでもかと続く。半ば苦笑しながら当時の告白をする日本の旧軍人も登場する。映画の主題は、そうした日本兵から多くの中国人を救ったという米国人医師たちの物語だ。映画の終わりぎわに「犠牲者は20万人以上」との東京裁判の数字が留保なしに引用され、そして靖国神社で軍服姿で万歳を叫ぶ現在の日本人たちの映像が紹介される。映画を見たほとんどの人は、日本と日本人が嫌いになるだろう。米国と中国では、今年、この他に同様の南京事件の映画が続々と作られる予定という。

こうした映画に対しては、否定して無視することが最も簡単だ。心地よい日本の世界に住んでいれば、われわれの生活が直接に脅かされることはない。しかし日本人だけが耳をふさいでいる間に、映画は世界中で上映され、インターネットに流される。なにせ、「南京」の製作者は、タイム・ワーナーを買収して世界最大のメディア会社となったAOLの共同創業者だ。強力な発信ツールがある。彼と時間をかけて話したが、反日的な人間ではないものの、日本からの発信がないうちに見方を固めてしまったようだ。

どの国にも、触れられたくない殺戮や虐待の歴史がある。この映画で「近代史上最も残虐な行動」として語られる日本軍の6週間の所為は、アメリカを含め、自国がしてきたことに後ろめたい意識を持つ全ての国の人々を、「自分達はこれほどひどくない」と安堵させ、連帯させてしまうかもしれない。

なぜ南京事件50周年の際にも60周年の際にも起きなかったことが、70周年の今年に起こっているのか。海外の華人団体の組織的な策動は明らかに存在する。特にアメリカ人と連帯し日本軍国主義を非難することは、彼らにとっては望むところだ。

しかし、それだけではない。日本が戦争責任否定の方向に行き始めているのではないかとの疑念を、アジアや米国の一部が持ってしまったことも、ひとつの理由だろう。

日本はどうすればいいのか。結論から言えば、政府が南京事件を検証した上で、自らの考えを世界に伝えるべきだろう。南京で、いったい何が起こって、何が起こらなかったのか。大規模虐殺はあったのか、なかったのか。それは、直接情報を持たないわれわれ一般国民が、断片的な知識で語れることではない。調査して確定的なことが言えるのは政府だけである。

気の重い作業だろう。しかし、まだ生存している人々がいる。旧軍の残した記録がある、関わった将官や兵士たちの日記類がある。日本で独自の調査をしてきた多くの秀れた学者や研究者がいる。今であれば、真実に迫る方法はいくらでもある。

政府は、一連の映画が作り出す反日的な心象が世界中の人々にしみ込む前に、自ら歴史を検証する決意を披歴するべきである。その姿勢のみが、「南京事件の規模は中国の主張どおりで、日本はそれにフタをしている」という非難に反論する道になる。そうした上で初めて、意図的な反日キャンペーンに対抗する道も開けてくる。今の日本人の名誉を守るのは政府の責務である。

読売新聞「論点」 2007年3月2日 朝刊12面

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