Yukio Okamoto Online
トップ世界を見る視点執筆とインタビューフォト報告プロフィールリンク

執筆集 雑誌・新聞

産経新聞
核論議是か非か −非現実的な保有論「日本の安全 封印せず議論を」−

私は、日本も核兵器を保有しろとの議論は非現実的だと思っている。

「唯一の被爆国」の話を持ち出さなくても、議論すれば短時間で結論が出る話である。

第一に、日本はインドやパキスタンとは異なり、NPT(核拡散防止条約)の加盟国である。のみならず、厳しい査察を受け入れるIAEA(国際原子力機関)追加議定書の批准国でもある。

第二に、日本は、NPTに加盟国しながら秘密裏に核兵器開発を進めているらしいイランとは異なり、地下の秘密工場など建設できる国ではない。

だから、日本が核兵器を開発するためには、まずNPTを脱退しなければならない。つまり、日本は今の北朝鮮と全く同じ立場になる。世界で孤立し、ごうごうたる非難を浴びながら、制裁措置の下に置かれることになる。今の日本国民は、お隣の将軍様とは異なり、世界の中で最もそのような圧力に耐えられない、か弱き民族である。

もうひとつ、日本がNPTを脱退すれば、日米原子力協力協定に従って日本の核燃料サイクルは停止させられる。原子力発電は止まる。いま言葉だけ勇ましく叫ぶことに何ほどの現実的裏づけがあるのか。

核兵器を自前で保有し管理することがどのくらい大変かご存知か。米国ワイオミング州の核ミサイル基地を訪ねたことがある。この基地の150基のミニットマンIII型ミサイルは、敵の攻撃で全滅しないように広い地域に分散して配備されている。驚くなかれ、その面積は四国全体をはるかに上回るのである。核兵器保有のためには、膨大な面積と資金と要員が必要になる。虎の子戦闘機のF2さえ、理由を見つけては財政当局がケチケチと機数を削っていく日本の防衛予算の中で、いったい何ができるのか。

だから怖れることはない。核兵器保有について議論し、当たり前の結論に至ればよいのである。ついでに米国核の導入の是非も議論すればよい。80年代始め、ソ連は欧州に照準を定めて中距離核ミサイルSS20を配備した。国家の危機に直面した西ドイツのコール首相は、国内の反対論を押し切って、パーシングIIとGLCMという米国の核ミサイルを西ドイツ国内に配備した。国を二分した大決定であった。そしてソ連は、膝を屈した。結局パーシングIIとGLCMをドイツから撤去させるために、自分たちのSS20を全廃したのである。コールは国を救った。これが国家の防衛というものである。

いま、日本の位置に「アジア・ドイツ」なる国があったら、その国の宰相コールはどうしたか。自国に米国の核を導入したかもしれない。異常国家北朝鮮はそれも無視するかもしれないが、近接する場所に米国核を並べられる中国は真っ青になる。「アジア・ドイツ」の米国核を撤去させるために全力を挙げて北朝鮮の核計画を解体させるだろう。

日本にとっては、米国核の導入は政治的なコストが高すぎて、とるべきオプションではない。日米関係の緊密化を通じて、現行の日米安保体制に信頼性を与え続けること、日本の安全保障の道はこれしかない。

しかし、冷厳な国際環境の中で、核兵器導入議論は、ほかの独立国家ならば通常にして当然に議論するテーマである。そうした国際政治の議論すら行ってはならないと言うのは、砂に頭を突っ込み周囲を見ない駝鳥になれと言うに等しい。

日本の脅威は北朝鮮の核だけではない。中国は1998年に米国に対して設定した核ミサイルの照準を外すと高らかに宣言した。しかし、日本に対しては宣言しない。ということは、日本に対しては発射する可能性があるからだ。(そんなつもりはないと言うのなら、なぜ「日本に対しても照準を外す」と言わぬ?)。

おまけに中国の原子力潜水艦は核ミサイルを搭載して、日本の近くにいる。その中国を軍事的脅威と呼ぶことは中国との関係でタブーになっているらしい。

あれも言うな、これも言うな。発言を控えるだけで日本の安全が保障されるのであれば、こんなにラクなことはない。ことは、国家にとって最も重要な課題である。日本の安全に必要な議論なら、一時的な対内・対外摩擦があっても、封印せずに行い尽くすことが、次の世代に対する我々の責務だろう。

産経新聞「核論議是か非か」 2006年11月8日 朝刊1面・3面

Copyrights (C) 2008 Okamoto Associates, Inc. All Rights Reserved.当サイトのご利用についてサイトマップ