北朝鮮の核実験は、東アジアの安全保障環境を一変させた。北朝鮮は、今後も一貫して核兵器の開発と配備への道を進むだろう。
地域の緊張は必然的に高まるだろう。憲法によって攻撃的武器の保有を制限される日本は、自前の抑止力を持ってない。抑止は、安保条約の下での米国の戦力に頼らざるを得ない。だから日米同盟関係は一層重要になる。もっぱら中東に精力を注いできた米国も、今後、北東アジアの危機に持続的に向き合わなければならない。
もうひとつ問題がある。日本の唯一の同盟国である米国への信頼性が世界で落ちてきていることだ。テロや圧政と戦い民主主義を世界に広める、しかし逆にイラン、パレスチナ、ベネズエラのように民主的に選出されていても米国の気に入らない政府はつぶす……。この米国流のいささか身勝手な願望外交は、もともと蹉跌をきたす宿命にあった。ブッシュ大統領は、2002年にイラク、北朝鮮、イランを「悪の枢軸」と断じ、イラクに開戦し、仏独を面罵し、2005年にはミャンマー、ジンバブエ、ベラルーシのように米国にとって脅威を及ぼさない国々も「圧政の拠点」と名指しして対決し、その一方で、核拡散や民主主義の点で問題があっても米国と同調する国々は「有志連合」の仲間として迎えてきた。
米国の外交はニュアンス(微調整力)を失った。米国はアル・カーイダもフセイン残党も対立宗教セクトもハマスもヒズボラもイスラム原理主義者たちも、すべて同質同根の秩序破壊者として一つにくくり、力で粉砕しようとしてきた。その過程での政策修正は行われない。
2001年、イランは、タリバンが一掃された隣国アフガニスタンに対して建設的に関与しようとしていた。この穏健派ハタミ大統領を、米国はテロリストと同列において斬って捨て、結局イランに超強硬派のアフマディネジャド大統領を誕生させた。
世界は、はなはだ複雑化し、新しく展開しつつある。中国やインドが大成長して世界の重要プレーヤーが増え、キリスト教でもイスラム教でも原理主義が伸張し、IT(情報技術)の驚異的な進歩が世界中の出来事を同調化(携帯電話やインターネットによる反体制運動の組織化など)し、瞬時に世界に伝えるようになった。
一方、テロはより巧妙に危険になっている。そうした中で、米国は突出した軍事力抱えながら、新しい建設的なかかわりを世界に提示できないでいる。
先日スイスで開かれた安全保障についての国際会議に参加した。欧州諸国の出席者からは堰を切ったように米国への批判が噴出した。米国は、イラク統治に失敗した、力による対決だけを重視し、テロリストの拠点を拡散し、世界中のイスラム教徒を敵にまわした、米国は異なった文化と価値と共存していくことを学ぶべきだ、等と。
その欧州ではイスラムとの共存が大きなテーマとなっている。欧州にとって、自国のイスラム過激派の行動は、社会の存立基盤を揺るがしている。4億5000万人の共同体である欧州連合(EU)は、果たしてトルコの7000万人のイスラム教徒を受け入れられるのか。
安倍政権を待ち受けるのは、多角的に変化をしながら速いスピードで展開する新しい世界だ。北朝鮮への毅然たる対応とともに、世界に向けた日本の知恵が試されている。
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