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欧米知識人の間で高まる「靖国史観」への懸念と疑問
――このところの日中関係は双方の政府首脳らが、激しい言葉で互いを非難し合うなど、かつてないほどひどい状況になっています。小泉首相の靖国神社参拝が直接的な原因ですが、背景には、歴史問題についての日本国内の世論や政治家の言動の変化もあるでしょう。
岡本 たしかに今、日本では強硬な発言や文章がテレビや雑誌などで主流です。どうも気になるのは、好悪の感情だけで中国や韓国の言い分を全面否定する傾向があることです。僕だって、ここ数年の中国の日本への態度は嫌いです。でも客観的に歴史をどう認識するかは別の問題でしょう。僕は、1931年から日本が満州、北支、中支、太平洋と広げてきた戦争を自衛のための正当な戦争と言うことはできません。東京裁判を否定することも、旧軍の中国での行動を正当化することもできません。
南京事件にしても、中国が言っていることには大きな誇張がありますが、他方、旧日本軍自身の記録や当時の日本側軍人たちの日記などを見れば、大規模な殺害事件など一切なかったというのは、かなり無理でしょう。ところが、現在の日本の論調では、こう言っただけで、直ちに感情的な反発が出る。論旨を問題にするのではなく、言葉の揚げ足を取る。これでは議論にならない。そもそも、「日本がやったことは侵略と植民地支配であり心から謝罪しなければならない」というのは日本政府の公式見解ですよ。
日本社会全体が不寛容になり、性急に結論を求めるような空気が強まった気がします。背景には、日本社会の格差の拡大が二極分化をもたらし、そのために生まれたギスギスした雰囲気があるのでしょうか。更に、こうした傾向に拍車をかけているのがネット社会に依然として見られる未熟な部分ですね。匿名による中傷や攻撃がチェックなしに自己増殖している。反論の手法や、議論を踏まえた合意形成のプロセスが成熟していない段階で誰でも自由に個人放送局を作ることができる技術が入ってくると、落ち着いた議論ができなくなる。ただし、ブログ社会に成熟と淘汰が始まりつつあるようですが。
その結果、中道の論客たちや、本来は正面に立って内外に説明すべき外務省までほとんど黙っている。とても健全なこととはいえません。同じような現象は向こうでも起きています。日本の首相が靖国神社参拝したということで、中国、韓国の親日的な識者たちが迫害されている。つまり、日本も、中国や韓国も、強硬論だけになって、双方の社会から中庸が消えかかっている気がします。これは、外交関係を超えた深刻な問題です。
中道派は暮らしにくくなった
――岡本さんは、日米関係を重視していて、特に親中派というわけでもないと思いますが、その岡本さんでも現状を憂えているわけですか。
岡本 僕は自分を芯からの保守主義者だと思っていますよ。僕の言う「保守主義者」の意味は簡単です。日米安保体制を堅持し、中国の軍事力と意図に警戒感を抱き、日本の自衛力向上を願い、平和目的で海外に自衛隊を派遣することを支持する。また、国内ではできるだけ政府の介入の少ない市場経済主義を支持し、自由競争の下で敗者が出ることもやむを得ないと考える。憲法はもう少しは現実的なものに改正すべき、原子力発電は支持、という立場。
だけどもうひとつ、僕は保守でも「中道保守」です。「中道」の特徴は「是々非々」にあると思います。もちろん「いい加減」という意味ではありません。
僕と同じような中道保守の人たちの多くは、多分、次のように考えているのではないでしょうか。
外交面では日米同盟関係を支持するが、米国は荒っぽすぎる。もっと中小国の痛みも知るべきだ。それに米国の自分勝手な二重基準はおかしい(核拡散ではイランに厳しくインドに甘い。人権ではミャンマーに厳しく中国と産油国に甘い)。中国の反日愛国教育は容認できないが、一方で日本人はあの戦争のことを知らなさすぎる。中国が台湾を武力統一することには反対だが、台湾の独立も支持しない。日本が国連の安保理常任理事国になることには賛成だが、可能性がないなら景気のいい話を打ち上げないでくれ。国連重視は結構だが、日本が払わされている法外の分担金はなんとかしてくれ(本来の負担割合の半分しか払ってない中国にも払わせろ)等々と。
だけど、何か言う度に、テーマごとに、右か左かどっちかから叩かれる。「右」は、外国の肩を持つのは非愛国的行為であると。「左」は「平和、平和」と。中道には暮らしにくい時代になりました。
日本とドイツの差は大きい
――自国の歴史をすべて肯定的にとらえ、他国より優れていると評価するだけの主張が、国際社会に通用するのでしょうか。
岡本 僕は最近、EU(欧州連合)本部のあるブリュッセル(ベルギー)など欧州の3都市を訪問してきました。各地で講演をし、人々と懇談してきました。相手は欧州議会の議員や各国の有識者でした。僕の予想以上に、彼らには日本と中国の関係、そして靖国や歴史認識の問題に強い関心がありました。
――小泉首相の靖国参拝問題や日中関係が、欧州でそれほど関心を呼んでいるのですか。
岡本 僕は、「小泉首相は戦争責任者を顕彰するためではなく、戦争で亡くなった兵士を悼み、平和と不戦の誓いのために参拝しているのだ」と繰り返し説明しました。僕は小泉さん自身は純粋にそのような気持ちで参拝していると信じている。でも、出席者からは厳しい反応がありました。
あるフランス人は、「ドイツの首相がナチスの幹部将校が祀られている施設で頭を下げれば、その瞬間にフランスは、仏独和解のために作られたEUから脱退する。我々はそれくらい厳しい問題意識をもって歴史に向かっている」と。中には「日本の首相の個人的思いがどうあれ、現在の日本の態度は、戦争全体に終止符を打とうとしている欧州にとって迷惑な話である」という人までいました。
靖国の付属施設である遊就館についても、いろいろと意見が出ました。彼らが言うには、最近、遊就館は欧米諸国の知識人たちの観光コースになっているそうです。あそこの展示や主張は、僕でも驚きます。軍艦マーチが流れる館内では、満州について「現在は中国が支配し東北部と称している」と、本来は中国の領土ではないような展示をする。南京については、「(日本軍が占領したから)市民の生活に平和がよみがえった」と。訪れた欧米人は、あの戦争を肯定することが日本人の戦争史観であり歴史観だと受け止めてしまう。
確かに、ドイツの執拗な戦争犯罪者の探索と、テレビなどでの戦争反省番組の多さは、ドイツにいる外国人がうんざりするほどです。対照的に日本では、東条英機元首相のお孫さんをテレビなどに頻繁に登場させて、彼がいかに立派な人間であったかを語らせる。ご家族の心情としては当然の発言でしょうが、その結果、多くの視聴者や読者が「東条さんは立派な人で罪はない、時代に翻弄されただけだ」と認識してしまう。
――日本人は戦犯に甘いのですか
岡本 のど元過ぎれば熱さを忘れる国民性もあるのでしょうが、ドイツについては、我々日本人がよく認識していない事実もあります。それは、ドイツではナチスのやり方に抵抗して多くのドイツ市民が処刑されたことです。ユダヤ人を匿った人々が何千人という単位で強制収容所に送られて殺されたと聞いています。その分だけ、ドイツ国民の自国戦争指導者に対する憎しみの念は強い。ドイツではナチスを礼賛することは刑法で禁止されてますよ。
仮にドイツのテレビ局がヒトラーの親族を捜し出してメーンゲストとして出演させて、「アドルフは、実はいい人だった」と語らせる番組を作れば、そのテレビ局は、外国ではなく国内からの轟々たる非難の中で、たぶん局の閉鎖に追い込まれるでしょう。これは、ヒトラーと東条のやったことは一緒に論じられないといった問題ではない。戦争責任のけじめのつけ方だと思う。
日本では、市民まで戦争指導者と一緒に責任を負わされた。「国民全体が徹底的に反省しなければならない」という「一億総懺悔」です。一般国民は東条と一緒に懺悔なんかする必要ないのに、「私たちもみんな悪かった」と言わされた。だから、いまテレビなんかで、司会者や出演者が「A級戦犯の方々」と、戦犯を市民と並列的に呼んでしまうのではないでしょうか。「犯罪者の方々」なんて、ふつう言わないのにね。つまり、日本では先の戦争は「悲劇」であっただけで、ドイツのように戦犯たちが責任を追及されるべき犯罪とは認識されていない。
そうした日本の社会風土は、ドイツとは大きく違う。しかし、本当のところは、東条英機は、若い時から満州進攻を強く主張し、対米開戦を主導し、1941年には生きて虜囚の辱めを受けるなという戦陣訓を徹底させて、その結果、無数の兵士を降伏させずに、玉砕させるか、餓死させた途方もない責任がある。それでも「死んだらみな神になる」という。凶悪犯罪で死刑になった人間たちも、今はみんな神になっているのですか。
海外の批判を切り捨てるな
――欧州の有識者が日中関係は日本の歴史認識についてそれほど強い懸念を持っているのはなぜですか。
岡本 僕にとって意外だったのは、彼らの意見や質問が、必ずしも日中関係についての「助言」といったトーンのものではなかったことです。欧州がせっかく苦労して決着をつけようとしている歴史の問題を、日本がガタつかさないでくれという「批判」が含まれていました。欧州は、何次にもわたる戦争の深い傷と悩みを乗り越えて、とてつもないプロジェクトに乗り出しました。EU建設です。加害者のドイツと、被害者の欧州各国の和解のための壮大な仕掛けです。それに伴う措置を国によっては国民投票で否決されながら、大変苦労してやっている。
欧州は昨年4月の中国での反日デモについて、中国の対応を非難しました。中国民衆の行動がひどかったため、日本に同情的だったのです。しかし、昨年10月の小泉首相の靖国参拝の際に中国が自制したため、こうした空気は一転し、批判の矛先は日本に向かうようになった。
――欧州のさめた視線は、歴史問題にとどまらず、現実の外交にも影響が出てくるのではないですか。
岡本 何かにつけて腕力に物言わせて行け行けドンドンの米国に対して、欧州各国は調和的に物事を進めようとしてきました。このままでは行司役を果たすことの多い欧州が中韓に同情的になってしまうし、日本があてにしている肝心の米国でも、靖国問題に批判的な意見が出始めている。そうなると日本はどこを頼りにすればいいのか。
――たしかに、米国内からも、首相の靖国神社参拝問題や日中関係の悪化について懸念する声が出ていますね。
岡本 そうですね。僕は昨年末にワシントンでも講演しましたが、聴衆からやられました。「小泉首相の参拝を怒っているのは中国や韓国だけではない、我々アメリカ人も怒っていることを忘れないでくれ」と。日本はルーズベルトに騙されて太平洋戦争に引っ張り込まれたという遊就館の説明を怒っているわけです。
最近では、アメリカの新聞に、「アジア諸国との関係を悪化させている日本との同盟関係は、米国にとってマイナスではないか」という内容の論評まで掲載されるようになっている。
――つまり、自分勝手な歴史観にこだわっているうちに、いつの間にか日本が世界で孤立しかねない状況にあるということですね。
岡本 東京に駐在するある国の外交官が、極論だと思いますが、「日本は中国、北朝鮮、韓国、ロシアとことごとく関係が良くない。自分の周りのすべての隣国と関係が悪いのは、世界中で日本だけではないでしょうか」と言った。やはり日本にも問題があるのではないかという見方が米国や欧州にジワジワと広がってきていることは事実でしょう。
――近隣諸国、さらには欧米諸国の信頼を回復するためには、日本人がきちんと歴史に向き合う必要があります。
岡本 昭和は、「我が帝国の国是は従来の島国的境遇を脱して大陸国家をなす」という田中義一首相の侵略主義で始まりました。太平洋戦争で戦死した240万の兵士たちは、平和のための犠牲になったのではなく、戦争指導者たちの犠牲になったのではないか。つらいけど、我々はそのことを率直に認めるべきだと思う。それを正面から論じなければ、日本の外交の将来もあり得ない。
また、最近、東京裁判を否定する論調が増えてきました。僕もあの裁判の内容はいい加減だったと思います。しかし、東京裁判は、日本が国際社会に復帰するためのフィクションとして設定されたものであり、国際社会との約束事だった。南京事件の責任者としてA級戦犯で処刑された松井石根大将や、ただひとり文官でA級戦犯となった広田弘毅元首相ら、死刑になる必要のない人々が、従容として絞首台に上った。こうした人たちの犠牲の上に、日本は国際社会に復帰した。
「いや、あんなフィクションは受け入れられない」というのならば、日本人自身の手で、東条英機元首相や南京事件での中島今朝吾中将、長勇参謀といった本当に責任を問われるべき人々と、そうでない人々を区別して戦争を総括し、戦争犯罪を処断すべきです。しかし、そんなことが、今からできるわけがない。それならば、東京裁判を受け入れるより仕方がない。
国民は成熟している
――中国の対応にも問題なしとはしないでしょう。
岡本 最近の中国の対応には怒りを覚えます。中国は短時間に意思決定できない民主主義国家の弱点をついて、外交を展開する。小泉首相のインド訪問が日本で内定されるや、急遽、温家宝首相を小泉訪印のわずか1週間前に訪印させてインドの関心を引きつけ、日本とインドの間にくさびを打ち込む。そうした中国外交のすさまじさに、日本はついていけない。東シナ海の海底ガス田協議だって、中国の対応には、この問題を何とか解決しようという誠実さが感じられません。
中国は昨年の4月の反日デモは、米欧諸国に批判されたため、直ちに規制しました。中国が気にしているのは日本ではなく、欧米諸国の反応です。ということは、「日本は米欧にも評判が悪い」と中国が判断すれば、彼らはさらに様々な外交攻勢を米欧にかけていくでしょう。そういう中国外交の手法がわかっていながら、日本外交は何もできていない。それが歯がゆいです。
――日本外交にも問題があるということですね。
岡本 そうですね。日本が外国からいろいろ批判され、自国に不利な包囲網ができつつあるときに、外務省は内外に打って出ない。「日本が3500万人の中国人を殺傷した」という中国の誇張された非難、中国各地の抗日記念館の残虐な展示、逆に日本での遊就館の展示、強硬論者たちの日本無謬論、更には、中国とは関係ないがあちこちでの外務省批判、そういったものに外務省が何も意見を言わないのは正しくないと思う。
民間企業の場合、第三者に自分たちの会社に不都合なことを散々言われても黙りとおすということはあり得ません。悪評判によって会社の業績が下がれば、経営者が責任をとらされるからです。ところが、外務省は総理大臣との関係さえ良くしておけば安泰だから、内外からいくら自分の会社、つまり日本が批判されても面倒な反論はしないで、黙殺する。その結果、きちんとモノを言っていくという、外交に必要な厳しさが弱くなってしまったように思えます。外務省が守るべきものは、総理大臣との良好な関係ではなく、国益でしょう。不利な状況に対しては国として反撃するべきだし、それに、もう少し、国民に情報を開示すべきでしょう。
日本国民は成熟しています。ある地方都市での講演で150人の市民に南京事件について質問したことがあります。「でっち上げだと思う人」と聞いたら、数人が手を挙げました。次に「犠牲者は千人から1万人規模だと思う人」と聞くと5割、「1万人から10万人だと思う人」は4割、「中国が言うとおり30万人だと思う人」は数人、だった。僕は、大半の人が自分の意見を持っていたこと、そして市民のバランス感覚に驚きました。
外務省は、もっと知らせ、もっと外部の意見を吸収し、政策に反映させるべきです。きちんとした戦略と、良い意味でのキバを持った外交を展開すべきだと考えます。だから、小泉首相の下で僕が座長を務めた「対外関係タスクフォース」が3年前に出した報告書でも、有識者で構成され首相に中長期の外交指針を建言していく「外交安全保障戦略会議」の創設を提言したのです。
――あの提言は、印象的でしたが、実際には検討もされませんでしたね。
岡本 残念ながらねえ。
中国と「プラスサム」の関係を
――それと、世論と外交の摩擦というのは難しくて、永遠の課題でしょう。メディアの責任も大きいですね。
岡本 そのとおりだと思います。昨年末、あるテレビ番組を見ていたら、去年1年間のワイドショーで報道された項目ごとの総放送時間のランキングを発表してました。それをみて僕はひっくりかえりましたよ。兵庫県相生市の歩道に生えた「ど根性大根」を取り上げた放送時間が、あの中国の反日デモや、22万人以上が死んだインドネシア大津波の総報道時間よりも長かったそうです。ある専門家
によると、異常犯罪を起こす児童の一部には、「広汎性発達障害」という背景もあるようです。こうした子たちは会話が一方的で、自分の関心事項だけを話す。思いこみが強く、他人の意図や感情を読みとらない。興味が偏っているうえ、決まったパターンに固執する。
ある意味では、マスコミも同じような症状を示していませんか。視聴者にとって本当に必要な重要ニュースは脇に押しやり、当たり障りのない些細な話題を、繰り返し報道する。その結果、マスコミが国民の関心と物事の捉え方を矮小化させているのではないかとさえ思えます。
――世界が大きく動き始めた時に、日本はアジアとうまくやっていけますか。
岡本 いまのアジア情勢は、日本にとって座視できないはずです。場合によっては日本が孤立する可能性だってあります。日本、ドイツ、インド、ブラジルが国連安保理の常任理事国になろうとしたのに対して、欧州ではドイツのためにフランスなど11カ国もの国が共同提案国になった。対照的にアジアでは、日本とインドのために立ち上がってくれたのは、インドの隣国のブータン、モルディブのほかには、アフガニスタン1カ国だけです。これまでのアジア諸国に対する日本の巨額の経済協力や、長年積み上げてきた友好親善はどこにいってしまったのか。
日本が共同提案国を得られなかった直接的な理由は、「軍国主義の日本を常任理事国にするな」という中国の猛烈なキャンペーンのせいですが、要するにアジア諸国は、共同提案国になると中国との関係でリスクを背負い込むことになる、と考えたわけです。アジア全体に中国の影響力が強まり、日本と中国が陣取り合戦のような「ゼロサム」の関係に立ちつつある。つまり、一方の勢力伸長は他方の勢力後退を意味する関係になってきている。なんとしても、中国とは広域的な協力関係を作って双方の利益を目指すという「プラスサム」の関係を作らなければならないのです。
最も悲観的なシナリオは、このままアジアが中国を中心とする大陸アジアと、日本などの海洋アジアに分かれてしまうことです。しかし、「海洋アジア」と言っても、日本とフィリピンと台湾ぐらいしかない。しかも、機敏な中国は最近フィリピンに攻勢をかけている。日本の孤立化を狙っているのではないかと勘ぐりたくなるくらい、彼等の外交は大きな対日戦略にもとづいている。
我々は、3年前の「対外関係タスクフォース」の報告書に「これからの20年間の世界変化は、近代史が経験したどの20年間の変化よりも大きいものになる。日本外交の優先順位も当然再検討されるべきである。」と書きました。これまでは、日本がアジア情勢に大きな影響与えることができた。しかし今は、日本がいくら大きな経済力を持っていても、アジアは日本の望むとおりには動きません。日本とは関係なく、アジアは発展していきます。我々は、そういう時代に入ったことを認識して、新しい戦略を立てなければならないでしょう。
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