自衛隊をイラクに派遣したことの最大の意義は、世界の安全保障に対して、日本も応分にリスクを負担した、ということだ。
すなわち、イラクがはたん破綻国家になってしまったら、テロリストたちの出撃基地となってしまう。もしそうなったら世界の安全保障に対する脅威は計り知れない。テロ対策のためにも、一刻も早くイラクの安定化を図らなければならない、ということだ。
湾岸戦争のとき、日本は130億ドルも出したが、国際社会の受け止めは「カネだけ出してリスクを回避した」というものだった。この苦い教訓を経て、今回は日本も額に汗して応分のリスクを負担しなければならないという判断になってこざるを得なかった。
自衛隊のイラク派遣には反対論も強かったが、反対論は突きつめていえば、イラクは危ないから、ということだった。自分の身を守る訓練を受けた自衛隊が危ないから行かない、ということになれば当然、外交団もNGOもすべて引き揚げろということでなければおかしい。イラクに日本人が一人も行かないことになるが、それでもいいのか、という選択だった。小泉首相は勇気ある決断をしたと思う。
そして、日本が支援することに対してイラク国民の非常に強い期待があった。学校や医療機関の補修、水の供給、発電施設の供与など、ムサンナ県で幅広い人道支援・復旧活動を実施し、地域住民との関係でかけがえのない成果を残したと思う。
もちろん、対米関係も大きな要素だ。米国に対する批判が多いなかで、米国を支持する態度を終始一貫、鮮明にしてきたイギリス、オーストラリア、そして日本と米国との関係は、歴史的に見てもいままでになく緊密だ。日本がアジアのなかで根無し草のように漂流しかねない状況のなか、日本をつなぎ留めているいかり錨は日米関係だ。そういう意味でも正しい政策だった。
このまま自衛隊が無事任務を終えれば、戦後を通じて最大の日本外交の成果だと言っても過言ではないだろう。
復興支援に対するイラク側のニーズは無限にあり、完全な安定国家になるまで自衛隊の駐留を続けることは、ある種の理想かもしれない。
だが、近隣諸国も含めた民族感情にも配慮しないといけない。いかによいことをやっていようとも、アラブの兄弟国であるイラクに、外国の軍隊が駐留していることへの反発はある。それを考えれば、日本だけが突出したかたちになるのはまずい。陸上自衛隊の部隊は、イギリス、オーストラリアと一緒に退いていくのが自然な姿だろう。
米国はあまりにも政治的な枠組みづくりを急ぎすぎた。その前に全力を挙げて市民生活の安定化をやるべきだった。日本に期待されるのは、そうした米国のイラク政策の足らざるところを補うことだ。自衛隊の撤退後も「日本はイラクを継続して支援していますよ」というメッセージを送り続けることが重要だ。
いまのイラクの治安状況は残念ながら日本人を送り込める状態ではなく、制約は大きいが、日本が知恵と資金を出し、周辺諸国と協力して支援する方法はある。たとえば、イラクの数百人の医師・看護師を日本の資金でエジプトのカイロ大學に派遣し、近代的な医療技術と機器を使って再訓練してもらう事業が、現地で非常に感謝されている。こうした実績も踏まえながら、日本が得意とする民生の安定化への貢献を復興の中心に据えるべきだろう。
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