冬が冬らしくないと
そのあとの春は春らしくなく
夏が夏らしくないと
そのあとの秋は秋らしくなく
時季充たざれば ただ虚しい
これは、葉山多洋さんが最近出した詩集『桜は二度咲く』の一節だ。今年の深刻な水不足にあった人のことを考えると、今年はそんな風流を愛でる余裕はないが、この詩集には、花と星と自然が、男と女と人間が、憎しみと愛と感情が、無理なく描き出されている。そしてこの詩集には、南村明穂さんという元商社の重役さんが英訳をつけている。わざとらしくなくて心温まる訳文だ。葉山さんも南村さんも、実は、かながわ学術研究交流財団の理事さんだ。財団は湘南国際村の運営にあたっている。湘南国際村というのは、神奈川県の横須賀市と葉山町の間にまたがる57万坪の広大な敷地の上に立つ国際会議場や研究施設群のことだ。この間、講演のためにそこを訪れて驚いた。こんなに環境の整った学術交流施設はあまり見たことがない。一般市民も、会合や集会のために自由にこの国際村を利用して付属の宿泊施設に泊まることもできる。
なるほど、地方は国際化している。湘南国際村では、アジア太平洋の国々とのシンポジウムもいくつか予定されているそうだ。そこの理事さんたちが詩集を出版して、英語の新聞にも好意的に紹介されたわけだ。
僕は、去年の夏、欧米の学者や評論家やノーベル平和賞の受賞者たちと一週間ほど缶詰めになって、これからの世界の将来について議論させられた。世界は歴史的な転換点にある、と出席者たちは感じていた。国家というものの役割が少しずつ変わってきている。これまでは、主権国家が世界の政治や経済を動かす唯一の当事者だった。しかしこれからは、百年ぐらいの長い期間をかけながら、その構図が変わっていくのではないか。欧州共同体やAPECなどの地域機構。国連をはじめとする国際機関。各種の非政府機関。それに各国の地方コミュニティ。そういったものが今よりずっと大きな役割と力を持つようになるだろう。国家がいちばん重要な当事者であることは変わらないが、その比重は、相対的に低くなっていくだろう……。これが、その会議の結論だった。
僕は、講演で地方に出張することも多いが、それぞれの地域に個性と顔ができつつある。東京には、すべてが集中しすぎて、身動きがとれなくなった。これからは、国境を越えて地方と地方が提携していく動きがますます高まっていくだろう。
去年の秋に僕は香港に行った。そしたらそこの華人(以前は華僑と呼んだ)資本家の二世たちが集まって、歓迎会を開いてくれた。香港で一番高いセントラルプラザ(これも彼らの一人の持ち物だ)のてっぺんの特別室は、全部がガラス張りで、香港島と対岸の九龍が隅から隅まで見渡せる。息をのむような大きな眺めだ。集まった彼らは僕に次々に教えてくれる。「あそこの地区のビルは全部僕のだ」 「対岸のあのアパート群は、全部うちが持ってるんだ」わかった、わかったよ、君たちが大金持ちなのは。
彼らについて、僕が一つ感動したことがある。「1997年のことは心配じゃないの」と僕がきいたときだ。香港は1997年に99年間の租借期限が切れてイギリスから中国に返還されることになっている。香港の金持ちたちは、中国の一部になったときのことを恐れ、こぞって海外に脱出していた。特にカナダに移住する人たちが多く、ヴァンクーヴァーは、あまりの多くの香港人が来るのでホンクーヴァーと呼ばれたほどだ。ところがこの二世たちは、中国に返還されるのはちっとも怖くないと言う。
「だってミスター・オカモト、中国全体が我々の活動の場になるんですよ。私たちの前には、今や無限のチャンスが広がっているんです。アジア大陸の太平洋沿岸全部が、これからの僕たちの活動の舞台なんです。大連から上海、そして香港。更にヴェトナムのホーチミン(サイゴン)を経てシンガポールまで。これ全体が私たちのマーケットになるんです」
なんともたくましいもんだ。この連中が21世紀のロスチャイルドやロックフェラーになっていくんだろう。彼らの目には、もはや「3つの中国」と呼ばれる境界線はない。あるのは茫漠たる大陸と半島と海の広がりと、そこを舞台とする国際的な経済活動なのだ。国境は、絶対的な意味を持たなくなり、地域や地方単位が大事になってくる。
僕は、高台にある湘南国際村から海を見ながら、そう思った。
海ひとつ離れて生まれたばかりに
豊かさを飽喫(ほうきつ)するひとがいて
川ひとつ隔てて生まれたばかりに
飢えと病に苦しむひとがいる
さっきの詩集の一節だ。国の安全保障や経済や財政政策のあり方からは独立して、きめ細かい人間どうしのつきあいをほかの国の人たちとやっていけるのが、地方の特権だと思う。
だいたい、国としての日本の行動は、どうも世界から見て分かりにくい。「安保理の常任理事国の地位は自分からは求めない、ほかの加盟国が日本にお願いしに来てくれ(そうすりゃ日本は責任が軽くてすむ)」と言って、国際社会の失笑を買ったりする。湾岸戦争のときには、アジアの国々が何百人ものお医者さんや看護婦を湾岸に送っていたのに、日本だけは一人も送らず、そのかわり胴巻きの分厚い財布からカネだけ払ってみたりする。ろくな評判ではなかった。政府と違って、地方にはそのような問題にかかわらなくていい自由がある。だからその自由を最大限に使って、純粋で人間的な交流をどんどん進めてもらいたい。 |